厳選ホテル・厳選旅館専門予約サイト「一休.com」などを運営する一休。2016年にヤフーに買収され完全子会社化したあと、営業部隊にさまざまな変革が起きたという。その立役者の一人が、新卒で一休に入社し、入社3年目に買収を経験した平玄太氏だ。組織が大きく変化する中で生じるさまざまな課題に対し、どうしたら解決するかを考えて業務外でいくつもプロジェクトを立ち上げてきた。なぜ彼は「できる理由」を考えて前向きに突き進むのか。

試合に出て成果を出すための PDCA を回していた高校時代

—— 平さんは、ビジネスサイボーグと言われるほど、何事もできる理由を探して実行すると伺いました。その原体験には何があるのでしょうか。

いろんなことに手を挙げてチャレンジしていたら、いつの間にか「ビジネスサイボーグ」と呼ばれていました(笑)。

僕が目指すのは、この先どんなことがあっても自力で生きていける人になること。だから、落ちている“三遊間のボール”は積極的に取りに行くし、難しい課題でもどうしたら解決できるかを建設的に考えて実行することをポリシーとしています。

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この価値観を作った原体験は 3 つあります。1 つは、小学校から高校まで続けていた野球。小中学校時代は先輩や監督の言うことに従って、何も疑わずにただひたすら練習をしていました。でも、高校では主体性を求められるようになったんですね。

有名な監督がいる強い学校だったのですが、練習は自主練が多く、選手自らがどうしたら勝てるのかを考えて練習を組み立てるスタイルでした。この PDCA を自分で考えて自分で回していかないと、試合に出られないし勝てない。

試合で結果を出せないと途中ですぐに交代させられるし、今後の采配も変わるので、当時はたくさん挫折を味わいました。一方で、どうすれば試合に出て結果を出せるかを自分で考えて行動するプロセスは楽しくて、それが仕事をする上でも考え方のベースになっています。

悲惨な環境で嘆いていても、何も変わらないと気づいた震災後

2 つ目は、実家が営む米屋が衰退していくのを身近で見ていたこと。昔、米屋は法律で守られていたので、米は米屋でしか買えませんでしたが、規制緩和によってスーパーなどでも買えるようになりました。すると、変化に対応できない米屋は衰退する以外に道がなかったんです。

このとき、何かに依存する・ぶら下がって生きるのではなく、自分が変わっていかないといけない、自立しないと生き残れないと考えるようになりました。

そして 3 つ目が、東日本大震災です。僕は福島県出身で、震災時は海岸沿いで被災した人たちが母校に避難してきたので、ボランティアをしていました。

当然、着の身着のままで避難していますし、とても悲惨な状況なのですが、嘆いたり不平不満を言ったりするわけでもなく、どうしたら避難環境が少しでもよくなるのか、これからの生活をどうしていくかを、みんな淡々と考えていた。

その姿を見て、家も無事で普通に生活できている自分が不平不満を言うのは恥ずかしいと思うように。悲惨な環境でも、嘆いたところで何も変わらないと考えている人がたくさんいたことが、その後の僕の価値観に大きな影響を与えています。

入社 3 年目の転機。次々と出てくる課題を拾ってプロジェクト化

—— その考えや価値観を持って新卒で一休に入社してからは、どんな仕事をしてきたのでしょうか。

最初の 2 年間は営業メンバーとしてがむしゃらに仕事をしていましたが、結果が出ないダメ社員でした(笑)。転機となったのは、一休がヤフーに買収されたとき。経営体制が変わり、当時所属していたメンバーもガラリと変わったんですね。

それまでの一休は、高級領域でナンバーワンを目指していましたが、全領域を持つ「yahoo!トラベル」が加わったことで、全領域でナンバーワンになるとミッションも変わりました。

そして、組織改変によって先輩がいなくなり、自分の身の丈を超えるような大きな仕事を任せられるように。これがきっかけで、経営陣と会話をする機会が増え、いかに自分が足元の数字ばかりを見ていたかに気づきました。

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このとき視座を押し上げてもらったことで、いろんな課題に対して手を挙げるようになりました。

—— どんな課題を解決してきたのでしょうか。

最初に手を挙げたのは、営業環境を整えるプロジェクトです。インフラ環境やツールの見直しなど、いつか誰かがやらないといけないけれど、落ちっぱなしになっていたボールでした。

他にも、新しい営業目標を導入する活動にも携わりました。もともとは、担当するホテルや旅館の売上を伸ばすことが営業にとっての大事な目標でした。でも新しい目標として設定されたのは、ユーザーが喜ぶ商品(部屋、プランなど)をどれだけ仕入れられるか。一休の事業を伸ばすことを考えたら、やるべきことでした。

とはいえ、営業にとって目標が変わることはストレスになります。新しい KPI によって業績にどんなインパクトがあるのか、どう営業すればいいのかなど、みんな困惑していた。

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そこで一部の人たちと試験的に新しい KPI を追ってみたんです。すると、事業としては正しい選択であることが分かったので、新しい KPI を追う体制が作れるよう、導入プロジェクトを推進しました。

新しい指標や、環境の変化によって生まれた課題に対して不満を言うよりも、どうしたらできるのかを検証した方が建設的です。だから、事業責任者と「もっとこうした方がいいよね」「これが課題だね」と話をしながら、少しずつボールを拾って業務外プロジェクトとして実行していたら、いつしか業務推進という組織になっていました。

—— 不平不満を言う前に、どうすればできるのかを考えて実行する。原体験があるとはいえ、なかなかできることではないと思います。

営業として自分の数字を追うのも楽しいけれど、より影響範囲が大きくて事業成長につながるなら、課題として転がっているボールは拾いに行きたい。一休は手を挙げて挑戦する人を応援するカルチャーなので、僕の行動を後押ししてくれました。

もちろん、最初は営業しか経験がなく結果も出せていなかったので、手を挙げても失敗する可能性だってありました。だけど、失敗を恐れるよりもチャンスを掴みに行かない方が問題行動だと思ったんです。振り返ると、高校時代、試合に出るチャンスを掴むために毎日考えて練習していたのと同じ感覚だなと思います。

メンバーの良いところを最大限伸ばすために、多少のミスは許容する

—— 現在、平さんは営業企画部の部長として 20 名のメンバーをマネジメントしていると伺いました。マネジメントする上で、大切にしている考えを教えてください。

僕はメンバーに最大のパフォーマンスを発揮して成果を出してもらいたいと考えているので、改善点や弱点を指摘するよりも、良いところを最大限伸ばせるようなコミュニケーションを取っています。

というのも、弱点を指摘することで、その人の良さまでなくなってしまう可能性がありますよね。10 個の改善点があったとしても、改善すると一番パフォーマンスが出せると思う 1 つだけを選んで指摘し、多少のミスは許容して任せています。

—— 今後、挑戦したいことを教えてください。

まずは、旅行事業でナンバーワンになるために、もっと成果を出せる営業組織を作っていくこと。これは早いタイミングで実現させたいと思っています。

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そのためには、これからもたくさんの変化と挑戦が必要なので、それをチャンスと捉えた人が手を挙げてチャレンジし、勝手にどんどん成長していくような組織を作りたいです。もともと、主体的な挑戦を重んじる会社なので、この良さを最大限に生かしながら、ナンバーワンを目指します。

個人的には、最終的にどんな環境にいても自分の力で大きな成果を出せるような人間になりたい。どんな変化があっても、それに飲まれる側ではなく、むしろポジティブに変化を起こして牽引できるような存在になりたいと思っています。

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